これまでの記事では、理論的な株式価値としていくつかの株価モデルを紹介しました。例えば配当モデルや割引キャッシュフローモデルなどになります。このようなモデルを適用する上では、株主の要求収益率という割引率を利用しました。
今回はこの要求収益率についてもう少し深く考えていきたいと思います。
要求収益率とは何か
そもそも株式投資というのは、リスクの伴う行為です。将来の株価や配当は不確実であり、そのような対象にお金を貸すので、ある程度の見返りが必要になります。その見返りの大きさを示しているのがこの要求収益率になります。ですのでこの割引率の値というのは、株式ごとに異なってくると考えるのが自然です。例えば不況時に業績が悪化しやすいような銘柄は、リスクが高いのでこの要求収益率は高くなります。一方で不況時でもそれほど業績が悪化しないような会社には、安心して投資ができると思います。つまりそのような企業の要求収益率は低くなると考えることができます。
要求収益率と内部収益率
ここでこれまで考えてきた理論的な株価モデルについて少し考えてみます。
最も簡単な、ゼロ成長の配当割引モデル(つまり毎期一定の配当が支払われる)では
と求められることを見てきました。Dは配当、rは要求収益率です。
ここで株価として、現在の株価Pを用いて、逆に要求収益率rを求めるとすると
となります。
つまり、これは、現在の株価水準が示す、株主の要求収益率が配当利回りに等しいことを示しています。
もう少し複雑な定率成長モデルの場合を考えてみます。
この場合は
を整理して
となります。つまり株主の要求収益率は、配当利回りと期待成長率に等しいということがわかります。
ここでは、分子は配当としていますが、配当を行わない企業も考えて、より講義のキャッシュフローを用いて考えても同じことが考えられます。
現在の株価が、その企業の本質的な価値と一致すると考えるのであれば、将来のキャッシュフローなどを予測できれば、現在の株価を基準とした時の株主の要求収益率がどの程度なのか知ることができます。
株式リスクプレミアム
さてここまで要求収益率について見てきましたが、この要求収益率とリスクフリーレートとの差は、リスクプレミアムと呼ばれることがあります。特に株式市場で見られるリスクプレミアムを株式リスクプレミアムと呼ぶ場合があります。
このリスクプレミアムをいかに推定するかというのが、1つの大きなテーマになります。
リスクプレミアムの推定方法
一般的によく用いられるリスクプレミアムの推定方法にはどういった手法があるのでしょうか。
ヒストリカルデータを用いる
最も単純に考えると、過去のヒストリカルデータをもとに推定すればいいのではないかと考えることができます。過去の株価市場のリターンデータと、リスクフリー資産にあたる国債の金利などが分かれば、その差分からリスクプレミアムを求めることができます。
しかし実際にこれを行ってみるといくつかの問題が発生します。
まずはじめに、ヒストリカル平均を求める期間をどのように設定すればいいのかという問題です。直近1年のデータを見ればいいのか、それとも10年を見ればいいのか、あるいはもっと長い期間を見るべきなのか。期間の取り方によって結果が大きく異なってしまいます。
次に、期間の問題とも関係しますが、ヒストリカルデータを用いたリスクプレミアムの計算では、リスクプレミアムが時間に応じて変化しているということです。リスクプレミアムの値が時間を通じてそれほど変化しないのであれば1つ目の問題であった計算に用いる期間のそれほど大きな問題ではありません。しかし時間に応じて大きくリスクプレミアムが変化する場合には、1つ目の問題がより大きくなります。加えて時系列で大きく変化するということで、平均値を求めてもその推定誤差は大きくなってしまいます。英語差が大きくなれば、求めた平均値としてのリスクプレミアムの値はそれほど意味を持たなくなってしまいます。
最後に、必ずしも過去のリスクプレミアムが、今後も続くとは限らないということです。あくまで過去は過去、これからのデータはこれからの状況に応じて変化するので、前提となる条件や状況が変化すれば十分にリスクプレミアムは変化すると考えられます。
単純な平均値を用いる以外にも、回帰分析を行うなどしてリスクプレミアムの値を推定することはできますが、このような場合にも上記と同様の問題点が発生します。
内部収益率を元に考える方法
将来の配当やキャッシュフロー予測とと現在の株価を用いることで要求収益率がわかることを確認しました。例えば、定率成長の場合には、配当利回りと配当の成長率を合わせたものが要求収益率になります。
リスクプレミアムは、この両辺からリスクフリーレートを引いた値になります。
ここで現在の市場全体の配当利回りがこれまでの水準よりも高まったと考えてみます。
この時その要因としては、
– 投資家の要求収益率、つまりはリスクプレミアムが上昇した場合
– 配当の期待成長率が低下した場合
の2つの可能性が考えられます。
過去データを用いた先行研究によると、前者を支持する結果が得られています。
これに基づく場合、配当の期待成長率は変化しないものと単純化して考えると、
リスクプレミアムの増減を市場全体の配当利回りの変化と捉えることができます。
配当成長率gは、配当性向(利益のうちのどのくらいを配当に回すかを示す比率)やROEを用いて表すこともできるので、式変形を行うとPERやPBRに基づいた推定も可能になります。
ただし、これらの推定を行う場合にも、結局は将来の値を予測しているので、必ずしも十分に良い精度で予測できるとは限りません。
ヒストリカルデータを用いて推定するよりはマシかもというようなイメージでしょうか。
サーベイをもとに考える
このほかにも一般投資家やポートフォリオマネージャーを対象にして、リスクプレミアムの水準をアンケートなどで調査し、推計するという方法もあります。この方法は直接的に投資家が期待するプレミアムを得ることができる点がメリットですが、主観的になりやすく、調査対象に左右されやすいなどの問題もあります。
個別株の要求収益率
個別株の場合、要求収益率はよくCAPMを用いて求められます。CAPMが成立すると仮定した場合、βによってのみ各株のリターンは異なるはずなので、ベータがわかれば要求収益率、ひいてはリスクプレミアムも求まります。
ある株iのリターンは$r_{m}$を市場リターン、$r_{f}$をリスクフリーレートとして、以下のように求めることができます。
この$r_{i}$を個別株においては要求収益率とすることが多くあります。
まとめ
今回は、株式投資における収益を意味する株主の要求収益率について考えてみました。
要求収益率やそれと類似のリスクプレミアムを推定する試みは、様々に行われていますが、高い精度で予測を行うのは非常に難しい問題になります。そもそも正確に予測できるのであればそれを使って収益が得られるので、市場が効率的であるならばその収益源はなくなってしまいます。とはいえ内部収益率という視点を導入することで、ヒストリカルデータ以外からの推定方法も存在することを理解してもらえればと思います。