【証券分析8-1】高配当銘柄はお得なのか!?(ペイアウト政策)

ファイナンス理論

前回までは、理論的な株価の推定方法について、いくつかの手法を紹介しました。その中で配当を使った株価推定法である配当割引モデルと、企業のキャッシュフローを使った割引キャッシュフローモデルを紹介しました。
そこで、今回は配当と株価の関係性をもう少し深く考えていきたいと思います。

よく、高配当銘柄は定期的に配当が得られて安心だから、配当はなかなか減らないから株価の値上がりに比べて安定して収益が得られるから購入するという話を聞きます。
これは本当に正しいのでしょうか?

完全市場における配当政策

まずはじめに結論を述べてしまうと、
完全市場(税金や取引コストがかからず情報の非対称性が存在しないような理想的な市場の場合)においては配当は株価に影響を与えない
ということが理論的に証明されています。
この結論はよくMM(モディリアーニ・ミラー)配当無関連命題 と呼ばれます。
なぜこのようなことが成立するのか考えてみたいと思います。
負債のない企業A について、毎期1億円の純利益が発生しており、全額を現金で配当すると考えます。この時リスクフリーレートは0%で基本コストは10%と仮定します。また発行済み株式数は1億株とします
このような場合、配当前の企業の今後の活動によって得られる資産の現在価値は1億円÷10%で10億円となります。この企業は、負債がないので金利の支払いは不要なため、10億円と配当分の1億円を合わせた11億円が配当直前の企業価値になります。負債がない場合は企業価値と時価総額は一致するので、株価は11億円÷1億株で11円となります。
ここで1億円の純利益を配当すると一株当たり1円の配当になります。配当後は企業価値は10億円になるので株価は10円になります。もらった配当分と現在の株価を足し合わせた11円が株式価値になります。
従って、配当前でも株式価値は11円で配当後も11円です。配当の有無によって株式価値は変化しないというのが、理論的な回答になります。

配当政策というのは企業の資本構成を決める1つの要素ですが、完全市場においては、配当政策以外にもどのような財務政策であっても株価に実質的には影響しないというMM 第1 命題という理論が存在します。この理論については今後細かく扱っていきたいと思いますが、今回は詳細は割愛します。

増配アナウンスの効果

それでは、もう少し別の配当政策の例を考えてみましょう。例えば先ほどの企業の例において、企業が増配を行うといったアナウンスをした場合はどのような効果があるのでしょうか。今期の配当を2倍の2円にしますというようなアナウンスを行ったとします。(来期以降は利益を全額配当)これが本当に実現可能であるならば、配当割引モデルの観点から考えると株価は上昇するように思われるかもしれません。しかし、それは、今期の純利益が増加している場合に成立することであり、企業の営業活動自体に変化は起きておらず今期の純利益が増加しない場合には株価は変化しません。
これをもう少し丁寧に見ていきます。

利益が増えていない中で、2円の配当を実現する場合には、不足額の1億円を別途調達する必要があります。現在調達の資本コストは10%で考えているので、来期以降、既存株主は1億×10%=0.1億の追加的な配当を要求します。
したがって、既存株主が来期以降受け取ることのできる配当の現在価値は


となり、配当後の時価総額は9億円になります。
これに今期の2億の配当を合わせた11億円が、配当後の企業価値となります。株価としては、9円で配当が2円で1株当たりの株式価値は11円です。
したがって、株式価値は、今期の増配が生じても、変化しません。

理論と現実

ここまで見てきたように理論的にはどのような配当制作を行おうが株価には影響を与えません。しかし、これはこの理論が前提としている、完全市場が実現している場合に成立する内容です。
この完全市場には3つの仮定があります。
1. 取引コストが発生しない:完全市場では増資を行うにあたって追加的なコストは発生せず内部留保と同等の資本コストを仮定します。
2. 税金が発生しない:完全市場では税金は存在しないものとして扱います。
3. 情報の非対称性:完全市場では、投資家は企業評価のために必要な情報を十分に持っていると考えます。

完全市場にはこれらの仮定がありますが、実際にはこのような仮定が成立していないことが多いです。
仮定が成立しない場合にどのようなことが生じるのか見ていきます。

取引コストの問題

完全市場の場合には、増資と内部留保はどちらも同じ資本コストで実現できると考えますが、実際には増資の方が追加的なコストが生じる場合が多くあります。例えば、株式市場の株式発行には証券会社への手数料や登録料などのコストが発生します。このような場合、増資よりも内部留保の方がコストの観点から望ましくなります。

税金の問題

税金が発生しない場合を完全市場では考えていますが、現実にはキャピタルゲインと配当それぞれに対して税金がかかります。配当の税率とキャピタルゲインの税率が異なる場合には投資家は、より税率の低い方を好む傾向があります。特に配当の税率の方が高い場合には株主は低配当の企業を選択します。一方で、配当の税率の方が低い場合には、必ずしも配当を好むとは限りません。キャピタルゲインは売却した時に税金がかかるのに対して、配当は受け取るたびに税金がかかるので、複利の効果を考えると、キャピタルゲインの方が有利になる可能性があるからです。
配当とキャピタルゲインの税率が同じ場合、MM配当無関連命題が成立するならば、配当よりもキャピタルゲインを選んだ方が税金の面で有利になります。毎月配当が支払われるからと言って、そのような株に投資をするというのは合理的な選択とは言えないのです。

情報の非対称性

完全市場では投資家と経営者の間には情報に差がなくどちらも同じだけの情報を持っていると考えます。しかし、実際には経営を携わっている経営者の方がより多くの情報を知っている可能性が高いです。このようなことを想定する場合には、配当政策は株価に影響を与えることがあります。
例えば事業内容は変化していないのに増配を発表したような場合には、経営者が今後、市場が思っているよりもより高い収益を予想している自信の表れだと考えることができます。このような場合その情報を市場が織り込み株価が上昇する可能性があります。
一方で、これまで色々と投資を行ってきたような成長途中の会社が、増配を発表したとするならば、高い収益を得られる事業機会が喪失しお金が余っているから配当していると受け取られる可能性があります。このように市場が考えた場合には、株価が下落する可能性があります。
このような経営者の情報伝達が株価に影響するような効果をシグナリング効果と呼びます。

また、情報の非対称性が存在する場合には、追加で増資を行いたい場合、適切な価格で株式発行を行うことが難しくなる結果より多くのコストが発生することが考えられます。このようなことを想定する場合企業はむやみに配当をせず内部留保を選択する傾向にあります。その結果企業は資金調達コストの観点から内部留保、負債調達、株式発行という順序で資金調達を行うという理論があり、これをペッキングオーダー理論と呼びます。

その他、株主と経営者の間の利害関係な対立の観点を考えると、企業が余裕資金を多く保有していると経営者が無駄な投資や浪費を行う可能性があります。配当を行うとそのような余剰資金は少なくなるので株主には交換され株価が上昇する可能性があります。一方で配当を多く行うと、経営者と債権者の間の関係性は悪化します。配当せずに内部留保していた場合には、もしも企業が倒産した場合に債権者はその一部を受け取ることができます。ですが配当の場合には全てを株主が受け取ることになるため債権者の持ち分はなくなります。このような利害関係の対立によって発生するコストをエージェンシーコストと言いますが、このエージェンシーコストも配当と関連の深い問題になります。

まとめ

今回は配当が株価に与える影響について考えました。
理想的な完全市場を考えた場合には、理論的に配当は株価に影響を与えません。
しかし、現実的な様々な制約を加味すると、配当が株価に影響を与えるケースも存在し得ることがわかります。

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