CAPMからマルチファクターモデルへ
CAPMはポートフォリオ理論に非常に大きな影響を与えるものでしたが、実際の金融データを用いた検証では、なかなか理論通りの結果は得られませんでした。その原因の一つが、CAPMが成立するために必要な制約(前提条件)が厳しく、現実ではそれらの制約条件が満たされていないということがあります。
そこで、より緩い制約条件で成立するように拡張されたモデルが、マルチファクターモデルです。
マルチファクターモデルとその意味
まずは、マルチファクターモデルがどのように表現されるのか見てみましょう。
CAPMでは、証券のリターンは、リスクフリーレートとマーケットポートフォリオのリターンと$\beta_{i}$の3つで決まると考えることができました。
一方で、マルチファクターモデルでは、$\beta_{i}$以外にもリターンに影響する要素があると考えます。つまり、$\beta_{i}$は1つではなく、複数存在すると考えます。
$\beta_{i, M}\left(E[r_{m}]-r_{f}\right)$の市場ベータによる部分に加えて、$\sum_{n=1}^N \beta_{i, n}\left(E[r_{n}]-r_{f}\right)$でその他の要因による部分が追加されています。
具体的にこのその他要因を何と定義するのかは様々な議論がありますが、わかりやすさのために具体例を挙げると、サイズファクターやバリューファクターと呼ばれるものなどがあります。
CAPMが成立しているとするならば、それぞれの証券のリターンは市場ポートフォリオとの連動性を示すベータの大きさによってのみ決まるはずです。しかし、実際のデータを用いて分析するとそのような結果は得られず、例えば、大型企業の株価リターンよりも小型企業の株価リターンの方が高いという傾向が存在していました。他にも、バリュー企業のリターンはそれ以外の企業のリターンに比べて高いという傾向がありました。こういった市場ベータでは説明できない部分を説明するための部分が$\sum_{n=1}^N \beta_{i, n}\left(E[r_{n}]-r_{f}\right)$になり、この項を導入することによって、より証券リターンを説明できるようになるというのがマルチファクターモデルです。
無裁定価格理論(APT)
上記のマルチファクターモデルの説明はやや直感的な説明ですが、より細かい理論という点では無裁定価格理論(APT)という理論が存在しています。この理論はマルチファクターモデルの理論的な説明を行っているモデルです。
この理論は、ステファン・ロスにより1976年に発表された理論です。CAPMの拡張とみなせるマルチファクターモデルを示す理論ですが、平均分散アプローチに基づいて資産価格の決定理論を導いているCAPMとは全く別の方向からアプローチしているのがこの理論です。
具体的には、APTにおいては、十分に効率的な市場では、裁定取引によって利益を出すことはできないという前提から、資産価格を導き出します。
その結果、ある資産の期待収益率は以下のようにあらわせるというのがこの理論の主張です。これは形は違いますが、最初に示したマルチファクターモデルの数式を同じ意味を示しています。ここで、$b_{i k}$はファクターkへのエクスポージャー、$\lambda_k$はファクターkのリスクプレミアムになります。
もう少しイメージしやすいように、具体的なイメージを示してみます。今、ブレンドコーヒーを作って販売することを考えます。この時、どのように価格設定するか考えます。
このブレンドコーヒーの価格を$P_{i}$は各銘柄の価格$\lambda_{k}$と銘柄のブレンド比率$b_{i k}$とすると、
のようにあらわせます。
この時、もしもこのブレンドコーヒーが$P_{i}$よりも必ず高く売れるなら、たくさん仕入れて確実に(リスクゼロで)利益を出すことができます。これが裁定取引が存在するということですが、市場が効率的であるならば、既にこのような取引は十分に行われ、需要と供給が一致する価格に落ち着いており、裁定取引はできないと仮定できます。(もし、高く売れることが確実なら、他の日とも同じようなことをするので、すぐに価格は下がります。逆に安くしか売れない場合はだれも生産しなくなるので、供給不足で価格が上がります)
これをマルチファクターモデルで考えると同じように、価格の変動要因となるリスクを負うことで得られる見返りであるリスクプレミアム($\lambda_{k}$)はその需要と供給が一致する値に収束し、価格の変動要因のリスクを負う対価を合わせたものが、全体の期待リターンになるということを示しています。
ICAPM(異時点間CAPM)
マルチファクターモデルのもう一つの理論的な基礎となっているのが、CAPMを連続時間に拡張したICAPMと呼ばれる理論です。CAPMはある一時点において投資家の最適な投資行動を考えますが、現実問題では多期間で投資は行われることが一般的であり、多期間について考える必要があります。そのようなケースを考えたのが、ICAPMであり、これは一時点で見るとマルチファクターモデルと同一のものを示します。
ICAPMでは、資産のリターンとリスクは一定ではなく、時間によって変動することがあると考えます。そして、リターンやリスクのこの時間的な変動は状態変数と呼ばれる変数によって変動すると考えます。投資家はこの変動をヘッジするために、市場ポートフォリオに加えて、ヘッジポートフォリオを保有します。変動要因がN弧存在し、それらの変動要因をN個のポートフォリオのリターンで複製可能だと仮定します。この時、各ポートフォリオnの期待リターンを$E[r_{s}]$として、
と表すことができます。
投資家はこのヘッジポートフォリオに加えて、市場ポートフォリオを保有するので、
となり、マルチファクターモデルの形になります。
ファクターとは何か?
ここまで、マルチファクターモデルの数式と2つの理論基礎について見ていきましたが、ここで度々登場してきたファクターやリスクプレミアムとはいったいどのようなものになるのでしょうか?
最初に少し具体例として、サイズファクターやバリューファクタ―といったものを紹介しました。しかし、それ以外にもあるか、どうやって求めるのかという部分には触れていませんでした。
できれば、この部分もきちんとした理論体系があってほしいところですが、先ほど紹介した2つの理論、APTとICAPMはこれらのファクターがいくつ存在するのか、どういったものであるのかについて理論的な解を持ち合わせていません。
つまり、どういったファクターを用いるかは自分で決めなくてはならないということです。
このファクターをめぐっては現在も様々な研究が行われており、多くのファクターが提唱されています。
実証研究から実データを用いて、このファクターの存在を調べるものや、意味的な部分は無視をして、主成分分析を用いて、共通要因であるファクターを取り出す手法など様々です。
代表的なマルチファクターモデルとしては、ファーマフレンチの3ファクターモデルや5ファクターモデル、マクロ経済ファクターモデルなどが存在しています。